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光線療法について
光線療法って何?


太陽光線に含まれる光線(紫外線・可視線・赤外線)の

作用を応用した自然療法が光線療法であり、

特殊な炭素棒を使い放電によって発光された光線を

直に皮膚に照射して、自然治癒力、光化学作用によって

身体に起こった様々な病状を改善する療法である。


光線療法とは、

『保健と治病の目的を以て、赤外線と可視光線と紫外線を、
同時にまたは単独に応用して施術をなすものである』

と定義されている。



光線療法の歴史について


光線療法の歴史は太陽と人間の歴史であり、

原始的な光線療法である
日光療法まで考えると、

その歴史は古代までさかのぼる。


【日光療法の歴史】

古代より人間は太陽を全能のシンボルとして崇拝し、

未だ人知の開けていなかった古代社会においても、

健康に欠くことのできない保健作用や

病気に対する治療効果があると信じられ積極的に利用されてきた。


古代ギリシャでは紀元前3000年以上前に、

日光療法を行った記録が残されており、

インドの聖典ヴェーダによれば、

既に
紀元前1400年頃、紫外線に対する感受性を高める

ソラーレン(光感作物質)を併用した日光療法を

白斑の治療に用いている。


(後にPUVA療法の名で、尋常性白斑、尋常性乾癬等の

皮膚疾患の治療に用いられる)


古代ローマでは、紀元前2,3世紀頃には

日光浴室が設けられ、各家庭にもソラリウムと呼ばれる

日光浴室があった。


当時の博物学者ブリニーは

「太陽は最良の薬である」と説いている。


日光療法を本格的に医療の場に取り入れたのは

医聖ヒポクラテスであり、“日光療法の始祖”と呼ばれている。


しかし、中世においてキリスト教の広まりに連れ、

自然科学的なことは邪道とされる風潮がおこり、

日光療法も例外なく罪悪視された。


近代日光療法の先駆けとなった日光浴場を創ったのは、

オーストリアのアーノルド・リックリーとされている。


1799年には
ベルトランによって、

それまで経験的に行われてきた日光療法が、

系統的・科学的に検討され、

その上で病気の治療に有用なことを報告した。


1815年には
コービンによって、

日光療法の適応症として、くる病、壊血病、リウマチ、

麻痺、浮腫等が上げられ、


1816年、
ドォベライナーは日光の作用を熱線(赤外線)と

各色線(可視線)とに区別して説明したが、

紫外線の光化学作用には気がついていなかった。


日光療法に確たる科学的根拠を与えたのは、

1877年の
イギリス、ダウンスとブラントであり、

“日光療法の父”と呼ばれている。


スイスの
ベルンハルトとロリエ博士は、

当時不治の病と恐れられていた結核の日光療法に挑み、

予想を遥かに超えた効果を挙げ、

近代の日光療法を語る上で忘れてはならない存在となった。


【光線療法の歴史】

太陽光線は気象条件、地理的条件、大気汚染や

生活環境によって容易に左右されてしまうため、

太陽に変わる人工光源の発明がまたれていた。


最初の人工光源は
エジソンが1880年代に発明した

照明用の電球であったが(電光浴)、

放射エネルギーは低く、紫外線を含まないため、

光線療法の光源にはなり得なかった。


1893年になると、
デンマークのニールス・フィンゼンによって、

世界で初めて太陽光線と同じ連続スペクトルの光線を

強力に放射するカーボンアーク灯(フィンゼン灯)が考案され、

当時不治の病とされた尋常性狼瘡を専門に扱う病院を開設し

成果をあげ、その功績を認められ、

1903年度のノーベル医学生理学賞を授与された。

それ故、後世の人々はフィンゼンを“光線療法の父”と呼んでいる。


現在、病院で用いられる管球方式の光線治療器は、

1906年に
クロマイエルが紫外線を単独に放射する

紫外線灯を作成したことによるものである。


その後、1930年代、
ウィンダウスによって、

紫外線の光化学作用によって皮内で生成される

ビタミンD3の抗くる病作用の発見(1938年ノーベル化学賞)、


1968年
アメリカのルーシーらによる

新生児重症黄疸に対する治療効果の正当性が確認されたことで、

光線療法は全世界に広がるも、


薬学の発達等によって、

現在では西洋医学界においては影を潜める事となった。



日本における光線療法の歴史


近代日光療法は今世紀初頭に移入され、

大正15年に
正木不如丘博士によって開設された

富士見高原療養所が、結核の治療に多大な貢献を残し、


人工光源を始めて医療に応用したのは

明治41年、
東大皮膚科、土肥慶造博士である。

クロマイエル灯は二年後の明治43年に同病院で使用された。


また、戦時中においては軍部においてもその効果が認められ、

利用されてきた実績をもつ。


現在に至るまで日本の光線療法業界をリードして来たのは、


黒田光線(財団法人光線研究所)、

宇都宮光線(東京光線研究所)


と呼ばれる方法で、

(光源の元となるカーボンの種類、使用方法、当て方等が違う)


近年、若木式光線療法とういう新たな方法も生まれ、

光線療法は一般国民、スポーツ業界に留まらず、

エステ業界等においても利用されている。



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