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野中 先生は講師としてもご活躍と伺いましたが、どのような教え方をされているのですか?
宮本 私はとにかく改善することが先決だと教えています。改善から癒しにはいけるが、癒しから改善は非常に難しいんです。それに基本が大切だから、きちっと身に付けなさいとも教えます。基本って言うのは私の場合、筋肉の緩め方がその一つです。筋肉をきちっと緩められればかなりの病は改善できると言うのが私の持論です。43年そうやって実際に多くの方を改善してきましたからね。
野中 なるほど、先生のお話を伺っていて思ったのですが、癒しと改善の違いというのは、どこのスクールや学校を出たとか、どんな技術を学んだとかではなく、習った講師で分かれるような気がします。同じ整体でもぎっくり腰を改善した経験のある先生が教えるのと、改善した経験が無い先生が教えるのとでは教えられる深さに明らかな違いがありますよね。
宮本 昨今のスクールや講習など、私も勉強がてら見に行くこともありますが、指導者の勉強不足と経験不足は大いにあると思いますね。何処にいっても理論的にはね、まぁ立派なんですよ。ただ、現実的に本当にそれで痛くて痛くて、のた打ち回っているような人を出来るのかという疑問が残るんです。講師が実際に、そのテクニックを使ってひどい痛みを訴えている人を改善させたかどうかは非常に重要ですよ。私たちの求めているレベルはそこですからね。
野中 確かに、経験の無い事は教えようが無いですよね。そういった意味では『整体で改善はできない』と思っている講師もいるのではないでしょうか。
宮本 ですから、講師と言うのは責任重大なんですよ。施術者としてもそうですけれども、講師である以上はより現状に甘んじていてはいけないと思いますよ。
野中 でも、その辺の事をこれから施術者になろうとする方が見抜くのは非常に難しいですよね。施術者用の講習会ならまだしも、一般の方向けのスクールなどはそういう問題点はあるように思います。
宮本 あとね『人間の身体と言うのは、全体を見て部分を見る、そして部分を見て全体を見る』という見方をしなくてはいけないといつも教えているんですが、これは生徒を教える講師の立場としても重要な事だと思いますよ。教えることばっかりに目が行くと生徒の個性が見えてこないんです。だからまず生徒一人一人をみる全体的な視点を持たないと、どんなに技術を教えても生徒は伸びていかないですね。もちろん逆も然りですけど。
野中 なるほど、講師という職業は常に全体という大きな視点を持ちつつ部分を教えていかなくてはいけないという事ですね。大変勉強になります。
宮本 話しついでにね、講師もそうなんだけれども学校の経営者側も問題だと思いますよ。我々のような国家資格は特に顕著なんだけれど、試験に通る為の学校になっているんですよね。だから机上の勉強ばかりで実技になると何にも出来ないという学生は本当に多いですよ。それじゃ何の意味も無いです。ただ学校を出て資格を取っただけ、開業してもやっていけるはずが無い。昔はそうじゃなかったんだけどもねぇ。
野中 それは民間療法でも同じだと思います。知識は教えるけれども肝心の技術になると、とりあえず施術の順番だけ教えて、その一つ一つの施術がどの様な意図があってのものなのかには全く触れずに、形が真似出来れば卒業というスクールは未だに数多く存在すると思います。
宮本 知識なんてものはね、ある程度勉強すれば誰だって教えられるんですよ。でも実際の現場は人体模型相手にやるわけじゃないですからね・・・。だから私のところではまず実技からやらせるんです。手が動かない事には知識なんて何の役にも立ちませんからね。実際に触ってみると理解も出来るし自信もつきます。それから理論を教えることで本当に分かるんですよ。
野中 確かに理論ばかり勉強しても実際の施術で触れるのは直筋肉ではないですよね。服やタオルの上からだったり・・・
宮本 良くても皮膚の上からです。だからこそちゃんと分かる指導者の下でないと本当の技術は身に付きませんよ。伝統芸能と同じでね、先生の感覚が全て基準なんですから、生徒同士でやってたって上手くはなりません。
野中 経験に勝るものはないと思いますが、先生の指導を受ける事で、まさに先生という実績の伴った経験を疑似体験して行くわけですね。
宮本 そうですね。そうしていく事で初めて施術の質が上がるんです。その質の変化があって初めて上達だと思いますよ。 |
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